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2010.03.30
認知症に罹った人間の悲惨さ |
今日は、千代田図書館長の読書日記をお届けします。
山田稔作品選『残光のなかで』より 「リサ伯母さん」
著者 山田稔
出版社 講談社文芸文庫(2004年)
価格 1200円+税
ISBN 4-06-198371-7
認知症を書いた作品はたくさんある。
私について言えば、
認知症患者になってもいい歳には不足しないので、
とにかくどんな知識をも欲しくて、
手当たり次第に読んだり、観たりしている。
どれもこれも身につまされる。
認知症患者の外見・行動の経年変化や、
看護する側の人の大変さについては
どの本や映画等にも必ず出てくるが、
今回は、山田稔著「リサ伯母さん」を紹介したい。
認知症に罹った人間の“静かな”悲惨さが
澄明な文体で書かれていて、ことばそのものが
読んだ直後にじわっと滲みてくる。
リサ伯母さん――
「僕」の母の姉に当たる人。
幼児期の僕にとってはとても大切な人であった。
しかし、この人の生い立ちや境遇については実はよく知らない。
いつも白いボンネットを被り、やはり白い、裾のひらひらした
ドレスを着て微笑んでいる。そばによると好い匂いがする・・・
僕はパリに留学する時、リサ伯母さんからリュクサンブール公園
のマロニエの葉を1枚送って欲しいと頼まれた。
しかし伯母さんの死の床には間に合わなかった・・・
でもこの葉は、僕のパリ留学の時に拾った物ではなく、
一家3人でパリに行った時、妻が拾ったものだという・・・
あんなに慕わしいリサ伯母さんを、妻は「存在さえ否定する」のだ。
あろうことか、僕は自殺した一人息子の記憶さえ混乱している――
夫も妻も日毎に認知症が進んでいく。
こうなると、どちらの記憶が正しいのかという事は、
問題では無いのかもしれない。
認知症という病気について、リサ伯母さんという美しい人と、
一人息子の自殺ということを介して、見事に描いている。
★山田稔(やまだ・みのる)
1930年、福岡県門司市生まれ。フランス文学者、翻訳など多数。
Posted at:18:10