認知症に罹った人間の悲惨さ

今日は、千代田図書館長の読書日記をお届けします。 

 

山田稔作品選『残光のなかで』より 「リサ伯母さん」 

著者 山田稔

出版社 講談社文芸文庫(2004年)

価格 1200円+税

ISBN 4-06-198371-7

 

 


認知症を書いた作品はたくさんある。

私について言えば、

認知症患者になってもいい歳には不足しないので、

とにかくどんな知識をも欲しくて、

手当たり次第に読んだり、観たりしている。

  

どれもこれも身につまされる。

 

認知症患者の外見・行動の経年変化や、

看護する側の人の大変さについては

どの本や映画等にも必ず出てくるが、

今回は、山田稔著「リサ伯母さん」を紹介したい

 

認知症に罹った人間の“静かな”悲惨さが

澄明な文体で書かれていて、ことばそのものが

読んだ直後にじわっと滲みてくる。

 

 

リサ伯母さん――

「僕」の母の姉に当たる人。

幼児期の僕にとってはとても大切な人であった。

しかし、この人の生い立ちや境遇については実はよく知らない。 

 

いつも白いボンネットを被り、やはり白い、裾のひらひらした

ドレスを着て微笑んでいる。そばによると好い匂いがする・・・

  

僕はパリに留学する時、リサ伯母さんからリュクサンブール公園

のマロニエの葉を1枚送って欲しいと頼まれた。

しかし伯母さんの死の床には間に合わなかった・・・

  

でもこの葉は、僕のパリ留学の時に拾った物ではなく、

一家3人でパリに行った時、妻が拾ったものだという・・・

あんなに慕わしいリサ伯母さんを、妻は「存在さえ否定する」のだ。

あろうことか、僕は自殺した一人息子の記憶さえ混乱している――

 

 

夫も妻も日毎に認知症が進んでいく。

こうなると、どちらの記憶が正しいのかという事は、

問題では無いのかもしれない。

認知症という病気について、リサ伯母さんという美しい人と、

一人息子の自殺ということを介して、見事に描いている。

 

 

★山田稔(やまだ・みのる)

1930年、福岡県門司市生まれ。フランス文学者、翻訳など多数。

  

 

Posted at:18:10