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2017.06.05
千代田図書館長の読書日記 |
今回は、「千代田図書館長の読書日記」をお届けします。
2017年4月に就任した小出館長に
最近、ふと心に浮かんだ本について語っていただきました。
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5月の日曜日、季節外れの猛暑から逃げるように飛込んだ、
千駄木の団子坂上にあるカフェ。
谷根千の一角、落ち着いて洒落た空間の中で
「これが谷根千の雰囲気か」と意味もなく感心していると、
冷たい飲み物が喉に沁みて、ふと我に返る。
「あ、時間がない」。
慌てて目的地の島薗邸に向かう。
緑が濃くなった植栽に囲まれたドイツ風の重厚な構え。
脚気とビタミン不足との関係を発見した
東大の島薗順次郎教授の長男が建てた邸宅。
団子坂上の反対方向には森鴎外文学館がある。
森鴎外は脚気の原因は細菌だと言い張っていた人物。
不思議な縁を感じてしまう。
なぜ島薗邸に伺ったのかというと、
「谷根千」の言葉を最初に使った地域誌の方から、
取壊された工場から昭和初期のリボンの見本帳や
その他資料が見つかったとの情報を耳にし、
何よりその写真を目にして、「これはすごい」と感嘆したからなのです。
貴重品を汚さぬよう白い手袋をして、資料をめくりながら
リボンの数々を目にすると、圧倒されるばかり。その種類は数えきれない。
フランス製のものもあるが、何といってもそれを織った職人技には
感嘆の二文字しか浮かんでこない。
そう言えば、日本は職人の国だと思い至る。
今年になって読んだ本を思い出しました。
『櫛挽道守(くしひきちもり)』
木内 昇/著
集英社
幕末の木曽山中の藪原宿を舞台に、少女の主人公が
家業の櫛挽に魅せられ、家族や世間との確執を抱えながら
成長していく姿を描いた物語です。
暮らしぶりや旅人の情報によって、時代背景が丹念に描かれています。
しかし、いつの時代であっても職人の生きる様は、
職人でない人にも共感をもたらす力があるように感じます。
冒頭で櫛を挽くタイミングを覚えるため、一歩一歩
雪道を歩く情景が登場しますが、それが主人公の人生を、
地味であっても鮮やかに物語っているのではないでしょうか。
しかも、彼女の物語には、自分の力ではどうしようもない出来事、
望んでいない成り行き、考えつめ必死で守ろうとする思い、
思いがけず明らかになる真実などが散りばめられています。
これは職人でなくとも誰もが歩む人生の縮図のようにも見えます。
自分の人生を形作るのは自分という職人です。
さまざまな出来事は自分に関係する限り避けて通ることはできません。
その事実から逃げずに現実に向き合おうとする心根。
そして何かを失い何かを得る道。
死んだ弟の優しさや、ライバルとしか見ていなかった夫の本音に気づくとき、
「人生って大変だけど捨てたものじゃない」という
ちょっと浮ついた言葉を思い浮かべてしまいます。
主人公の家族一人ひとりに、島薗邸で見たリボンをそれぞれに
選んで贈ってあげたい気分になるような一冊。
3つの文学賞に輝いた、読んで損のない作品です。
◇◆小出館長のプロフィール◆◇
小出 元一(こいで げんいち)
慶応義塾大学文学部卒業後、出版社系企業に勤務。
教育、公共事業関連の事業に携わり役員などを務めたのち
2017年4月より千代田図書館館長。
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小出館長、ありがとうございました!
ご紹介いただいた本は千代田区立図書館に所蔵しています。
この機会にぜひ、ご一読ください。
Posted at:11:35