コンシェルジュ通信Vol.32:講座「むかしの千代田 震災と復興」に
参加してきました

先日、「東京文化財ウィーク」の関連講座、

「むかしの千代田 震災と復興」に参加してきました。

「東京文化財ウィーク」とは、文化の日を中心に行われる

東京都教育委員会の事業です。

都民に文化財を身近に感じてもらう目的で毎年行われており、

企画事業のうちの一つとして講座など様々な催しが行われています。

(今年は10月1日~11月30日で全て開催終了)

 

今回の講座は関東大震災被害震災からの復興がテーマ。

現在の東京の街づくりの原型となった関東大震災のことを

もっと知るために行ってきました。

 

 

会場は、日比谷図書文化館のスタジオプラス(小ホール)。

講師は文化財事務室の学芸員の方です。

満席の会場で、当時の絵葉書や写真など、

たくさんの資料をスライドに写しながらお話しくださいました。

 

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「震災前、明治や大正時代の東京はどんな風景だったのでしょう?」

まずは、当時の東京について知るところから始まりました。

千代田区ゆかりの文学者、

田山花袋の著書『東京の三十年』の冒頭文も引用しながら、

当時の東京の様子を解説します。

 

 その時分は、東京は泥濘(でいねい)の都会、

 土蔵造の家並の都会、参議の箱馬車の都会、

 橋の袂に露店の多く出る都会であった。

 (田山花袋著『東京の三十年』より)

 

泥濘(でいねい)とはぬかるみのこと。

一文ずつ語られる当時のスライド写真からは

その頃の東京の、土埃のにおいが感じられるようでした。

都市文化の成熟していた東京について

理解が深まったところで、いよいよ震災時の話へ。

 

関東大震災、当日。

震災が起きたのは土曜日の正午前でした。

ちょうどお昼時であったために

多くの家庭では食事の用意に火を使っていたこと。

木造の建造物が多かったこと。

これら以外にも様々な要因が重なり、

東京市の東半分が全焼したという大きな被害が

具体的な数字とともに、胸に迫ってきました。

 

印象的だったのは、メディアとしての絵葉書のこと。

新聞社や雑誌社、出版社のほとんどが壊滅してしまい、

震災直後の被災状況を伝える手段が無いなか、

被害を速やかに伝える手段として、

非常に大きな役割を果たしたのが、

被災写真が刷られた絵葉書だったそう。

その一方で、震災とは無関係な写真に炎や煙を描き加えるなど

加工されたニセモノ震災葉書も存在するのだそうです。

 

これは現代でも通じることだと思いました。

非常時などのSNSなどのインターネット情報は

私たちの助けになりますが、

情報源を確認することの大切さを、改めて感じました。

 

だんだんと復興が進んでいく様子も、

スライドの写真から実感できました。

 

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1930年代初頭の駿河台下(小川町交差点)と復興後のニコライ堂

 

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復興期の神田神保町周辺と文房堂の塔

 

千代田図書館からも近い、神保町の文房堂もその一つ。

震災前年の建造ですが、当時ではまだ珍しい鉄筋造りだったため、

幸い倒壊を免れたそう。

文房堂の塔は復興後、地域のランドマークのように

そびえ立っていたことが分かります。

 

会場がふっと和んだのは、

講師の方が「復興節」のフレーズを歌ったとき。

軽快なメロディー涙を笑いで吹き飛ばすような歌詞で、

復興時にはやった流行歌だそうです。

それまで震災の話に耳をかたむけ、静まりかえっていた会場も

ほっと緊張がほどけたようでした。

 

最後に、復興祭のパレードの動画で復興完了を見届けて講座は終了しました。

講演後にお話を伺うと、使用した画像資料は

200枚以上もあったそう!

90分の講座は、明治から昭和初期までの

歴史の重みを感じる充実した時間でした。

 

 

講座では何冊かの本が紹介されました。

千代田図書館所蔵の本を一部、ご紹介します。

 

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『東京の三十年』

田山花袋/著

講談社

 

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『「帝都復興史」を読む』

松葉一清/著

新潮社

 

この他に、地域資料の棚には関東大震災に関する資料があります。

ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

Posted at:14:00